大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡高等裁判所 昭和46年(う)501号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人および弁護人山下勝彦提出の各控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

一弁護人及び被告人の各控訴趣意中事実誤認の論旨について

所論はいずれも要するに、原判決は、被告人が道路交通法四五条三項の駐車禁止を解除せる指定区域であると誤信して駐車した事実を看過し、被告人の所為につき未必の故意があるとして事実を誤認している。すなわち、長崎市内は全域にわたり駐車禁止の標識が林立し、相対的無余地道路(幅員三、九メートルを越える)はもちろん、絶対的無余地道路(幅員三、九メートル以下)にまで駐車禁止の標識が立てられている。とくに、本件現場附近の道路は幅員に広狭があり、且つ相対的無余地にあたる部分には駐車禁止の標識が立ち、被告人の駐車せる場所附近だけに禁止標識がなく、既に一四、五台の自動車が駐車していたのであつて、これらの情況からみて、被告人が禁止解除の指定区域であると誤信するのも当然であるところ、原審は右の事情を看過して未必の故意を誤認しているものである。したがつて、原判決には右の事実の誤認があり、これが判決に影響を及ぼすこと明らかでああるから破棄を免れないというにある。

よつて、所論にかんがみ原判決の事実認定を検討すべきところ、原判決は被告人の所為につき未必的故意を是認し、所論の如き誤信の事実を否定し、仮に誤信したとしても、右の如き誤信は故意を阻却するものではないとするものである。しかして、本件記録、原審取調の証拠及び当審における事実取調の結果を加えて考察するに、原判決の右の事実認定には誤は認められない。すなわち、

原判決の挙示する証拠によれば、被告人の駐車せる道路部分の幅員は四、二メートルであり、被告人の普通貨物自動車を駐車した右側の道路上の余地は二、五メートルにすぎなかつたことが認められ、被告人においては、駐車にあたり、右側の余地が二、五メートルにすぎないことを十分認知できたものと認められる。しかして、被告人は、駐車する場合右側に三、五メートル以上の余地がなければならないことを知つていたと認められるところ、右現場の状況では所要の余地に一メートルも足らず、したがつて、極めて容易に駐車可能の余地がないことを現認できたものである。しかるに、被告人は附近道路に適当な駐車場所もなく、他に駐車場所を捜す時間的余裕もなかつたため、そのまま駐車したものであることが推認される。したがつて、原判決が右駐車につき被告人に少くとも未必的な故意があつたと認めたことに誤は認められない。

これに反し所論は、現場の情況及び道路状態から被告人は駐車許容の場所であると信じたので故意はないというのである。なるほど、長崎市内の全道路を通じてみれば、いわゆる無余地道路にも駐車禁止の標識が存するとはいうものの、後述(控訴趣意三に対する判断参照)の如く、現場附近には駐車禁止の標識は認め難い。また、右駐車現場の前方の道路幅員が広くなり、駐車場所附近から手前の道路部分は無余地となるような幅員であつて、他の駐車車両もあつたことは認められるけれども、これら情況や道路状態により被告人が駐車を許容した場所であるかの如く誤信したとは認められない。すなわち後述(控訴趣意三に対する判断参照)の如く、一見まぎらわしく思われるが、所論の如き誤信を生ぜしめるほどのものではなく、殊に、現場附近の道路には禁止標識もなく、まぎらわしい状況ではなかつたのであるから、これにより判断を誤つたものとは認められない。被告人は検挙された後になつて、自己の駐車の合理化に躍気となり、市内の無余地道路部分にも禁止標識が立てられてる情況を挙けて、かかる情況のために誤信せしめられたかの如く誇張するものであつて、被告人が本件駐車時に右の情況を意識し、これにより駐車を許した場所と信じたものとは到底認められない。

なお、原判決も説示するように、右の如き誤信は禁止の有無、つまり違法の認識に関するものであつて、かかる違法性についての錯誤は、故意の成立を妨げないものである。仮に、違法性の認識が故意の要件に属するとしても、被告人は無余地による駐車禁止を少くとも未必的に認識し得たものと認められるので、故意を阻却するものではない。

そうしてみれば、被告人が所論の如く駐車を許された場所と誤信した事実は認められず、かえつて、被告人の所為につき未必的故意を認めた原判決の認定に誤はなく、記録を精査し当審における事実取調の結果を参酌しても、所論の如き事実誤認を発見することはできない。論旨はいずれも理由がない。

二被告人の控訴趣意中法令適用の誤(一)の論旨について

所論は要するに、道路交通法四五条二項の無余地道路中には幅員三、九メートル以下の絶対的無余地道路と右以外の無余地道路が存するところ、右の絶対的無余地道路であるにも拘らず、これに駐車禁止の標識を設けるということは、該道路が同条三項により駐車禁止を解除した区域であつて、なお禁止規制の必要が残存する部分として、同条一項六号により標識をもつて再び駐車禁止を指定した場所と解すべきである。そうすると、長崎市内においては、絶対的無余地の道路部分に駐車禁止の標識が多数なされているから同市内の無余地道路は公安委員会が駐車禁止を解除した区域とみるべきであつて、本件の現場道路は駐車禁止のない場所にあたる。したがつて、被告人の駐車を違法とする原判決は法令の解釈適用を誤つたものであるから破棄を免れないというにある。

しかし、車両が駐車しようとする場合、当該車両の右側の道路上に三、五メートル以上の余地がないこととなる場所においては、駐車してはならないとする道路交通法四五条二項のいわゆる無余地道路にあつては、該道路の幅員が三、九メートル以下であろうとそれ以上の幅員であろうと、右四五条二項により駐車が禁止されるものであることには何ら変わりはない。したがつて、両者を区別して効果を別異にみなければならないものではない。

ところで、右四五条二項によれば、右側の余地が三、五メートル未満となる道路にあつては、いかなる車両も当然に駐車が禁止されるのではなく、車両の幅員と相関的に禁止されるにすぎない。つまり、車両の幅員によつては駐車可能な車もあり得る。(法四五条二項の駐車禁止は、車両の側からみれば相対的な禁止である)したがつて、すべての車両の駐車を禁止するためには、同設四五条二項の駐車禁止の規定のみでは足らず、同条一項六号に則り公安委員会において駐車禁止の場所に指定し、禁止標識を立てるほかない。それ故に、同法四五条二項の無余地道路と難も、危険を防止しその他交通の安全と円滑を図るため、すべての車両の駐車を禁止する必要があるときは、同条一項六号による駐車禁止の標識を設けることになる。

また、同法四五条二項の道路幅員と車輛との相関関係による駐車禁止は、道路の幅員に帰因する抽象的な危険に基くものであるが、同条一項六号による駐車禁止の指定は、現実的な交通のひんぱん、具体的な危険の防止、交通の安全及び円滑を図ることを理由とするものであつて、道路の幅員の広狭とは関係なく、禁止場所に指定し得るものである。したがつて、たとえ道路幅員が三、五メートル未満の道路であつても違法駐車が多くて危険である場合のように、右の現実的、具体的な理由が存する限り、駐車禁止の場所として指定して当該標識を設けることもあり得るのである。例えば、交通量が極めて多いとか、幹線道路に近いとか、通学又は買物などの歩行者が多いのに、駐車車両があとを絶たない場合には、道路幅員(無余地道路、とりわけ所論の幅員三、九メートル以下の道路であつても)を顧慮せず、駐車違反であることを警告して、危険の防止、交通の安全を図る等のために駐車禁止の場所に指定する必要が起きるわけである。

そうすると、同法四五条二項の無余地道路であつても、右に挙けた理由が重なる限り、同条一項六号による駐車禁止の場所に指定して、当該標識を設置することが必要となる。これは無余地道路の幅員が三、九メートル以下であつても変りはなく、無余地道路に駐車禁止の標識を立てた場合には、当該場所は禁止が競合し、駐車車両の幅員によつては違反も競合する場合が起り得る。しかし、右のような場所が存するからと言つて、右の場所はもちろん右場所以外の無余地道路の部分が無余地道路でなくなる筈がないことは明白である。同法四五条二項の無余地道路につき駐車禁止が解除されるには、同条三項による解除区域としての指定が必要であり、この指定が告示されない限り、無余地道路としての駐車禁止が存続することはいうまでもない。したがつて、所論の前提(幅員三、九メートル以下の無余地道路に駐車禁止の標識をすれば、その余の無余地道路の駐車禁止が解除されたことになるとの主張)は独自の見解であつて到底採用できない。

なお、当審における事実取調の結果に依れば、長崎市内においては、幅員三、九メートル以下の道路、つまり所論の絶対的無余地道路を含む無余地道路に、少くとも八ケ所以上の駐車禁止の場所が指定され、当該標識がなされているが、これは交通量が多いか、通学又は買物などの歩行者が多いのに、交通を妨げる駐車車両が少なくなく、危険を防止し交通の安全、円滑を図るためには全面的駐車禁止を必要とし且つ違法駐車に勧告する必要が存し、かかる具体的現実的な理由から駐車禁示の指定をしたものであることが認められる。しかして前示のとおり、右の駐車禁止の場所に指定し当該標識が設置されても、本来の無余地道路としての駐車禁止が解除されるものではないので、被告人の本件駐車場所が無余地道路として相関関係的な駐車禁止をうける場所であることに変りはない。

以上のとおりであるから、本件駐車場所が道路交通法四五条二項の無余地駐車禁止が解除された道路部分にあたるとの所論は失当である。論旨は理由がない。

三被告人及び弁護人の控訴趣意中事実誤認を伴う法令適用の誤(二)の論旨について

所論はいずれも要するに、長崎市内では相対的無余地はもちろん絶対的無余地の道路にも無差別に駐車禁止の標識が立てられ、右標識のない無余地道路は駐車を許容するかの如き観を呈している。殊に、本件現場の無余地道路にあつては、附近に駐車禁止の標識を設け、本件駐車場所のみは殊更に標識を設けないでまぎらわしくし、駐車できるものの如く錯覚させ、駐車を誘発して検挙しているものであり、被告人は右の「わな」にかけられたものであるから処罰はできない筈である。したがつて、被告人の駐車違反に可罰性を是認せる原判決は破棄を免れないというにある。

よつて所論を検討するに、道路交通法四五条二項の無余地道路であつても、現実の危険防止、交通の安全及び円滑を図るための具体的理由から相関的な駐車禁止のみでは十分でなく、全面的な駐車禁止をする必要があつて、同条一項六号によりその場所を駐車禁止に指定し、標識を立てて警告することが当然許されるのは前示(控訴趣意二に対する判断)のとおりである。しかして、原判決挙示の関係証拠及び当審における事実取調の結果によれば、長崎市内における無余地道路部分の前記駐車禁止の標識の設置は、通学、買物などの歩行者等の交通が多く、これらの交通を危険ならしめ又は妨害する駐車があとを絶たないため、かかる場所に駐車禁止を指定し、当該標識を立てたものであることが認められ、他に違法駐車を誘発させて検挙する意図などは何ら認められない。

ところで、無余地道路の一部に駐車禁止の標識を設けることによつて、市内全体の道路を通じてみれば、右の駐車禁止の標識のある無余地道路の場所とそうでない無余地道路部分があることとなり、場所によつては、禁止標識のない部分につき駐車を許容するかの如き反射的な外観を呈しないとも限らないように思われる。しかし、かかるまぎらわしさは、少しく注意すればわかることであつて、車両の運転者を誤信せしむるほどのものではない。すなわち、禁止標識はもちろん無余地禁止のいずれも、現実的な知覚対象であつて、車両の運転者の如く、駐車場所に特別の注意を一般的に要請される者にあつては、自己の駐車場所が無余地であれば、駐車禁止を直観又は直覚することができ、他の場所に禁止標識があるというだけで、右の直覚的認知を否定することはないので、駐車が許容されているかの如く誤信するおそれはない。

とりわけ、本件駐車場所たる市道四八七号についてみるとき、長崎県公安委員会委員長坂田重保の道路関係ならびに駐車場の有無等についての照会、回答と題する書面(特に添付図(1)(2))および長崎警察署長塚本浄の回答書及び道路規制図写に依れば、無余地道路部分に駐車禁止の標識は設置されていなかつたことが認められ、被告人は当審において、事件当時の現場附近には駐車禁止の標識があつたがその後撤去されたと供述するけれども、右供述部分は前記証拠に照し到底措信できない。してみれば、本件現場附近には前述の如きまぎらわしき状況さえもなかつたことが認められる。

そうすると、「わな」と認むべき客観的状況はもちろん検挙するために「わな」を仕掛けたとも認められず、「わな」にかけられたものであるから処罰が阻却されるとの所論の前提は是認できない。したがつて、論旨はいずれも理由がない。

そこで、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用は同法一八一条一項但書に従い被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(藤田哲夫 平田勝雅 井上武次)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!